離婚についての私の考え

f:id:yuzukoanzu:20210404221540j:image離婚についての私の考え

離婚という言葉が脳裏によぎったときに、まず考えたことは、「子供のこと」です。

両親が別れて書類上他人にもどるということは、いわゆる一つの家族の解散、です。

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他人と他人が結婚して一緒に生活を共にしましょうと契約を交わして、子供が生まれて、四季折々日常を共有していく。二人で創ってきた思い出や資産や経験に終止符を打つということです。二人を取り巻くあらゆる風景、それは私の両親や相手の両親を取り巻くすべての風景もそこに重なってくる。二人で歩んでいく道を断つということは、そこにも終止符を打つことなのだ。とても責任の重いものだということはわかっていました。そして二人から生まれた子供の人生にも良くも悪くもその影響を与えてしまうということ、、。1人の母親としてまずその部分でみんな悩まれると思います。

 

それはそれは深い悩みとなるはずです。

 

この時期が振り替えっても一番精神的にきつい時期でした。

楽観的で前向きなこのわたしの頭に10円はげができたのですから。

 

それでもわたしはこのことを誰にも相談しませんでした。なぜなら

どの人にとっても正義があって、それは正しい答えだからです。誰に聞いてもその人にとっての答えしかきっと返ってきません。自分が納得する答えは自分にしかわからない。だから自分で自分の人生については考えたい。そして自分の性格は自分が一番よくわかっている。

 

でもこれって自分勝手なのではないの?そう思ったこともあります。

結局自分の気持ちを貫き通すということは自分の言動を通して影響を受ける周囲の人々の気持ちを考えないことになるのではないか。こんな不快な現実、だれも見たくないし、巻き込まれたくないだろう。みんな悲しむに決まっている。

 

それなら旦那の言動やささいな言葉に反応しなければいいじゃない。見て見ぬふりして距離を保ちつつ生きればいいじゃない。小さなことに感謝を感じられなくなってるのは自分なんじゃないの。仲良しのふりしてたらいいだけの話じゃない。愛情を感じられなくてもいいじゃない、そんなもんよ夫婦なんて。大事にしてほしいとか相手に対する期待をするから失望するんじゃない、全部やめたらいいじゃない。

だけど自分を押し殺して自分らしくない生き方をして笑顔のないまま人生を終える、、

本当にこれでいいのだろうか。。

なんとか自分の心に折り合いをつけようと「○○してほしい」という期待をすべてなくしました。すべての家事と育児を自分でするようにしました。

 

 

そう、相手への期待を消す。これが実は離婚への一歩となった、いまではそう思います。なぜならこのことでわたしと元旦那はもう完全に他人のように、そう同じ屋根の下に暮らす同居人という位置づけに成り下がってしまったのです。

 

離婚前の苦悩はきっとみんな同じ内容での苦悩だと思います。

ただ離婚するかしないか。きちんと結論を自分のなかに出すこと、中途半端な気持ちでは絶対にいけない、そう思いました。なぜなら離婚にはよく結婚する以上のエネルギーがいるといわれますが、まさにその通りだったからです。

 

わたしはこういう人生を歩みたいから離婚という道を選びます。

だれが何と言おうとわたしはわたしのために離婚します。

そう。誰かを悲しませるとか、誰かにこう見られるとか、そういう生半可な決意ではいけない。すべて自分の責任として引き受けるという覚悟のもとに決断するべきことなのかなと思います。自分のためにそうした、と言い切る。その覚悟をもってして初めて、子供や親に対して変な罪悪感とか抱かなくてすむと思います。

「ごめんね」と思って生きてはならない。自分の決断に責任を持つとはそういうことだと私は思っています。あくまでも私の考え方です(笑)

 

まずは自分の心の中の葛藤や迷い不安を払拭させる勢いがないと、「離婚」は厳しいと思います。離婚にエネルギーがいるというのはまさにそういうことで、弁護士に相談、両家を交えた話し合い、相手とは親権や財産分与についてなど話し合い、人によっては調停(私も経験しました)、終わりが見えない裁判、さらに書類上の途方もなく面倒臭い手続きを終え、新生活が軌道に乗るまで超ハードな数年を乗り越えないといけません。

 

何のために離れるのか。

理由は様々だと思います。ある人には我慢できることも、ある人には我慢ならぬこともあるのです。人によって違います。だから私の体験は参考の一つとして読んでいただけると嬉しいです。

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離婚をすることに肯定も否定もしません。

ただ、わたしは、本当の自分を取り戻せたという解放感と穏やかな精神状態に戻りました。そして元旦那とは子供を通して新しい形を模索している途中です。